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ルノー RENAULT - エンブレム・ロゴの由来と意味と歴史

renault renault
ルノーエンブレム
ルノーエンブレム
ルノーエンブレム
ルノーエンブレム
ルノーエンブレム

1923

1925

1946

1946

1950

ルノーエンブレム
ルノーエンブレム
ルノーエンブレム
ルノーエンブレム
ルノーエンブレム

1951

1956

1959

1965

1972

ルノーエンブレム
ルノーエンブレム



1992

2021





【エンブレム・ロゴの由来】

ルノーのエンブレム・ロゴは「ルノーダイヤモンド」と呼ばれており、ダイヤモンドの形にはいくつかの由来があるが、どれが正しい説かは未だに明確になっていない。車両前面の穴をふさぐ形としてひし形が最適だったという説、かつて製造していた戦車の形の名残という説、品質の高さやダイナミズムを表しているという説がある。


【エンブレム・ロゴの歴史】

ルノー初の企業ロゴが誕生したのは1900年のこと、創業者であるルノー兄弟のイニシャルとアールヌーボー様式を組み合わせたデザインが採用された。1906年には歯車と最初のフランスグランプリで優勝した車両のデザインに置き換えられ、第一次世界大戦が終わった後の1919年には当時のルノーが製造していた戦車FT-17のデザインに置き換えされている。これらのデザインはいずれもルノー車のエンブレム・ロゴに採用されることはなかった。
初めてルノー車にエンブレム・ロゴが装着されたのは1923年、丸型のグリル(盾形紋、エスカッシャン)のデザインが採用された。背面に置かれたホーンの音を外に逃がす役割も持っており、NNや40CVなどの車両に装着されている。
1925年には初代のダイヤモンド(菱形、ロザンジュ)型のエンブレム・ロゴが誕生。ここから暫くの間を置いた後、新型車投入に合わせて様々な新しいデザインが採用されていく。
1946年、4CVと共に2種類のデザインが誕生。赤色の中心には社名"Régie Nationaledes Usines Renault"の略語"RNUR"が刻印されている。
1950年、コロラールの誕生と共に赤い盾のデザインが採用され、
1951年、フリゲートの誕生と共に赤い盾の中にダイヤモンドとフランスの国土が描かれた。
1956年、ドーフィンの誕生と共に王冠の上に三匹のイルカが描かれた。珍しくダイヤモンドが描かれていないが、こちらはフランスのボルドー出身のテキスタイルデザイナー ポール・マロットによりデザインされたもの。
1959年、企業ロゴデザインが見直しに伴い自動車用のエンブレム・ロゴのデザインも変更され、1961年に発売されたルノー3 (トロワ) とルノー4 (カトル) に展開された。
1962年、ルノー8 (ユイット) と共にダイヤモンドをより細くしたデザインが誕生。その後、ルノー10 (ディズ) でも採用されている。
1972年には幾何学的抽象性を追求した美術作品を得意とするフランスの芸術家ヴィクトル・ヴァザルリにより、新たな企業ロゴデザインが誕生する。ダイヤモンドの中がくり抜かれたデザインは現代のエンブレム・ロゴデザインの原形となるものである。これまで車種毎に異なるデザインが採用されてきたが、このデザインに統合されていくことになる。ルノー5 (サンク) を皮切りに各新型車に展開されていった。
それから20年が経過した1992年、私たちが普段目にするルノーダイヤモンドが誕生する。ダイヤモンドを形成する細い平行線は廃止され、4つのフラットな面の組み合わせで表現されている。
そして2021年、新しいデザインが発表され、ダイヤモンドは再び平行線により形成されることになる。1972年に誕生したデザインを彷彿とさせるが、以前よりもより太く数少ない平行線で構成されている。ルノーの説明によると2024年までには全てのラインナップがこのデザインに置き換えされるとのこと。


【会社とブランドの歴史】

ルノーの歴史は、ルイ・ルノーが自作した三輪自動車でモンマルトルの坂道を登ってみせた1898年から始まっている。翌年、マルセル・ルノー、フェルナン・ルノーの2人の兄と共に「ルノー・フレール社」を設立。そのまた翌年にルノー初の企業ロゴが上述の通り誕生している。
1903年にルノーは独自のエンジン製造を開始し、ロンドンとパリのタクシーを大量受注。第一次世界大戦における兵隊輸送にも持ちられ「タクシー・デ・ラ・マルヌ (=マルヌのタクシー) 」の愛称で親しまれた。その後は自動車だけでなくフランス軍の戦車、航空機エンジン、航空機などを製造。1940年、第二次世界大戦中にフランスを占領したナチス・ドイツによってルノーは接収された。ルノーはナチス・ドイツ向けの戦車製造を拒否、代わりにトラックの製造を続けていた。1942年の連合国による空襲で製造ラインは焼き払われ、創業者のルイ・ルノーは失語症を発症する。1944年にフランスが開放されるとルイはドイツとの産業利敵協力の罪で逮捕され、フレンヌ刑務所で虐待を受けて死亡するという悲しい結末を迎えている。
その3ヵ月後の1945年1月1日、ルノーはド・ゴール将軍の行政命令によって国有化され、戦争中に秘密裏に開発を進めていた4CVが大ヒットしたことによりルノー再建を後押しすることとなった。
1990年、海外からの株式購入を制限する法律により、ルノーは国営企業から公開有限会社に変わり、1996年には完全に民営化された。
1999年、ルノーは世界での競争力をつけるため、日産自動車との提携を決定、アライアンスを締結。ルノーと日産はそれぞれのアイデンティティを保ちながら、互いにサポートするパートナーとして共に歩み始めた。2016年には三菱自動車がこのアライアンスに加わっている。



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