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ドイツ - エンブレム・ロゴの由来と意味と歴史

会社名・ブランド名 由来・意味・歴史

※会社名・ブランド名をタップorクリックすると車両画像が表示されます。

AMG

AMGエンブレム
AMGエンブレム









AMGのエンブレム・ロゴの左半分は現在の本社と開発拠点があるアファルターバッハの街の紋章であるリンゴの木と清らかな川に由来し、右半分のカムシャフトとバルブは卓越したエンジンの開発技術を象徴している。

AMG の社名はその創始者であるハンス・ウェルナー・アウフレヒトの「A」、そのパートナーであるエルハルト・メルヒャーの「M」、アウフレヒトの故郷であるグローザスバッハの「G」に由来する。

日本では「アーマーゲー」と誤読されるが、メーカーでは英語読みを指定しており、ドイツ語読みする場合は「アーエムゲー」である。日本で誤読されるようになった諸説のひとつが、漫画の「シャコタン☆ブギ」の中でブリスターワイドボディを装備したAMG560SEC6.0-4Vが登場し、この漫画の登場人物のセリフ「AMG(アーマーゲー)」が広まったと考えられる。

BMW

BMWエンブレム
BMWエンブレム
BMWエンブレム








BMWのエンブレム・ロゴのデザインはBMWの本社があるドイツ南部・バイエルン州の州旗・紋章に由来する。ドイツ特許商標庁に登録された最初のロゴは、BMWの前身であるラップ社のロゴデザインがベースとなっている。
一方で、BMWのロゴは飛行機の回転するプロペラに由来するという通説が広まっている。これは1929年に出されたBMWの広告が元となっており、その広告に描かれていたのは飛行機のプロペラを4象限の青と白に塗り分けてBMWのロゴに見立てたものだった。これ以降、BMWのロゴはプロペラがモチーフという解釈が生まれ、その説が現在まで根強く残っている。1942年に出された広告でも同様に飛行機のプロペラとBMWのロゴを結びつける表現が使われており、飛行機にBMW製のエンジンが搭載されていることをアピールする内容であった。BMWは長い間、BMWのロゴの由来がプロペラであるという通説を正そうとはしなかった。

BMWの社名はBayerische Motoren Werke(ドイツ語)もしくはBavarian Motor Works(英語)の頭文字に由来する。1917年にバイエルン州の州都ミュンヘンで航空機エンジンを製造していたメーカー「ラップ発動機製作所」が改名され「BMW」となった。

BMWアルピナ


BMW ALPINA

BMWアルピナエンブレム










アルピナのエンブレム・ロゴの左半分には1960年代のチューニングの象徴だったウェーバー製デュアル・キャブレターが、右半分にはクランクシャフトが描かれている。創業当時、アルピナはBMW製エンジンの効率改善のためにキャブレターとクランクシャフトの改良に取り組んでいた。背景色の赤は限りない情熱、青は知性と高い志を意味している。

元々、アルピナはタイプライターを製造していたが、徐々に自動車製品に移行した歴史を持つ。1962年に創業者のブルカルト・ボーフェンジーペンがBMW1500用のウェーバー製デュアル・キャブレターを開発したことがアルピナの起源となる。デュアルキャブレターが装着されたこのエンジンは、自動車情報誌だけでなく、BMWのセールス責任者であるポール・G・ハーネマンからも賞賛された。その後、1964年にアルピナ製品はBMWに正式認定された。

アウディ


Audi

アウディエンブレム










アウディのエンブレム・ロゴ「フォー・シルバー・リングス」または「フォー・シーリング・リングス」は、4つの自動車会社が団結した歴史を表現している。大恐慌がドイツの自動車産業に深刻な打撃を与えた際、1932年に4つの自動車会社がそれぞれの得意分野と専門技術を結集してアウトウニオンAG (オートユニオンAG)と呼ばれる団体が設立された。このロゴはアウディブランドと他のブランドとの関係を表しており、左側からのアウディ、DKW、ホルヒ、ワンダラーの順で並んでいる。現在のロゴデザインは1995年以降の量産モデルに採用されているが、オリンピック委員会がオリンピックのマークに似ていることを理由にアウディを国際商標裁判所に提訴した。最終的に裁判所はアウディの主張を支持する判決を下したため、ロゴデザインが変わることはなかった。

アウディの社名は創業者のアウグスト・ホルヒの姓に由来する。ドイツ語で「聞く」を意味する「ホルヒ」は、ラテン語に翻訳すると「アウディ」となる。

アルテガ


Artega

アルテガエンブレム










アルテガのエンブレム・ロゴはアルテガ社の工場及びオフィスがあるデルブリュックの町の紋章に由来する。ブラックドックは守り神を意味し、木と赤い実はデルブリュックの名産であるローズヒップを表している。ローズヒップの赤い実が10個なのはデルブリュックが10地区に分かれていることを意味する。

アルテガはギリシャ語系の造語であり、Artegaの「Art」は芸術・インスピレーション・情熱を意味し、会社の姿勢を表している。

ヴィーズマン


Wiesmann

ヴィーズマンエンブレム










ヴィーズマンのエンブレム・ロゴはシルバーのヤモリ(ゲッコー)であり、同社の哲学「ヤモリが壁に張り付くように道路に張り付く車を作ること」を表現している。

ヴィーズマンは、オープンカー(コンバーチブル)関連のカスタムを専門とする自動車メーカーである。 同社は1988年に、エンジニアのマーティン・ヴィーズマンとビジネスマンのフリードヘルム・ヴィーズマンの兄弟によって設立された。その後、2014年5月に一時的に事業を閉鎖したものの、同社のホームページによると2020年に新しいモデルの発表と同時に事業再開する予定とのことだが、2021年1月時点ではまだ再開されていない。

オペル


OPEL

オペルエンブレム
オペルエンブレム
オペルエンブレム
オペルエンブレム
オペルエンブレム






オペルのエンブレム・ロゴは「稲妻」を意味するドイツ語の「Blitz」に由来する。オペルの長い歴史の中で様々なロゴが生まれており、 「ブルーアイ」ロゴは1910年から車両のエンブレムに採用された。このロゴは目の形に見えるが、実際にはツェッペリン型飛行船を表現している。 続いてツェッペリン型のボンネットマスコットは1937年から採用された。これらのツェッペリンは人間の革新と技術進歩の象徴を飾られている。 1950年代には飛行機の翼のようなデザインが追加され、多数のバリエーションのロゴが作成された。現在の「Blitz」ロゴは1964年から採用されている。

オペルは、1862年にアダム・オペルによってリュッセルスハイム・アム・マインにミシンメーカーとして設立された。1886年には自転車の製造を開始し、1899年に最初の自動車を製造、1929に上場した後にゼネラルモーターズ(以下GM)に過半数の株式を取得され、1931年には子会社化された。GMの傘下において、オペル車は北米ではビュイック、英国ではボクスホールのブランドで販売されていた。そして、2017年3月、フランスのグループPSAはGMからオペルを買収することに合意した。

スマート


smart

スマートエンブレム










スマートのエンブレム・ロゴは「コンパクトカー」や「Cute = かわいい」の「C」と、「前向きな考え方」や「正しい方向性」を象徴する矢印を表現している。車体のロゴではシルバーの矢印が使用されることが殆どだが、会社やブランドのロゴでは常に黄色の矢印が使用される。

スマート(smart)の「s」はスウォッチ社に由来し、「m」はメルセデスベンツに由来する。これらの由来は、この会社がスイスの時計メーカー スウォッチ社とメルセデスベンツの出資で生まれたことに関係している。 「art」は1994年の創業以来続けてきた従来のやり方に捕らわれない自動車開発手法を表現している。また、「Swatchmobile」や「Swatch Car」もブランド名の候補に挙がっていた。
smartは、ドイツのベーブリンゲンに本社を置く自動車ブランドであり、ダイムラーAGの完全子会社(一部門)である。

フォルクスワーゲン


Volkswagen

フォルクスワーゲンエンブレム
フォルクスワーゲンエンブレム

フォルクスワーゲンエンブレム
フォルクスワーゲンエンブレム



参考 初代:

二代目:


フォルクスワーゲンのエンブレム・ロゴは、VとWを上下に並べてデザイン化したもの。現在のロゴデザインは1948年に正式に商標登録され、1949年の輸出用車両から装着が始まった。最初期のロゴがどのように生まれたのかは謎のままだが、1937年の社内コンペで、ポルシェの従業員 フランツ・クサヴァー・レインピーズが作成したという説が最も有力。オーストリアの産業グラフィックデザイナー ニコライ・ボーグもしくは、ドイツのアーティスト マルティン・フライヤーによってデザインされたという説もある。なお、初代ロゴはVとWを卍を模した翼で囲まれたデザイン (1937〜1938) であり、二代目はVとWが歯車 (1938〜1945) で囲まれたデザインであったが、これらは主に会社のシンボルマークとして飾られた。
オーストラリア版のビートルには一時期、ボンネットフードマスコットを設定することができたが、このマスコットが原因の事故・怪我が発生、道路安全当局からマスコット廃止を要請された。そのため、現在ではオリジナルのマスコットは希少性が高く、市場では多くのレプリカが出回っている。

フォルクスワーゲンという社名は、ドイツ語で「国民車」を意味する。設立に関してはドイツ国の首相、及び総統のアドルフ・ヒトラーが大きく関わっている。ヒトラーはアウトバーンを建設し、国民が手頃な価格で車を手に入れられることを理想としていた。この理想は、ヒトラーが1933年のベルリンモーターショーに訪れたことがきっかけで生まれたと言われている。フェルディナント・ポルシェのデザイン能力とアイデアに感銘を受けたヒトラーは、ポルシェに「国民車」の設計を依頼、KdF (ドイツ語でKraft durch Freude、日本語で「歓喜力行団」) がこのプロジェクトに関与した。KdFはドイツ国民に多様な余暇活動を提供することを目的とした組織であり、自動車プロジェクトへの関与は、複数存在するKdF計画の1つであった。 1938年にはKdF-Wagenと呼ばれるプロトタイプ車両が完成した。
時を同じくして1937年に「ドイツ国民車準備会社」が設立され、翌年の1938年には社名を「国民車製造株式会社」に改めた。第二次世界大戦後の1945年、廃墟同然となった工場はイギリス軍の監督の下で再建することとなり、会社名はフォルク​​スワーゲンに変更され、KdF-Wagenもフォルクスワーゲン・タイプ1に変更された。再建の結果、1946年には工場の生産量は月に1,000台以上に回復した。

ポルシェ


PORSCHE

ポルシェエンブレム

シュトゥットガルト市の紋章
ヴュルテンベルク州の紋章



参考 シュトゥットガルト市の紋章:

ヴュルテンベルク州の紋章:



ポルシェのエンブレム・ロゴは2つの紋章を組み合わせている。外側はかつての西ドイツ・ヴュルテンベルク州の紋章に由来し、中央の「跳ね馬」はポルシェの本社があるシュトゥットガルト市の紋章に由来する。シュトゥットガルト市はかつてのヴュルテンベルク州の州都であったが、現在は合併されたバーデン=ヴュルテンベルク州の州都である。シュトゥットガルト(Stuttgart)の「Stutt」はドイツ語の雌馬「Stuten」に由来し、「gart」はドイツ語の庭「garten」に由来する。シュトゥットガルトは日本語にすると「雌馬の園」という意味になる。

ポルシェ (正式名:Dr. Ing. h.c. F. ポルシェ AG) は、チェコのエンジニアであるフェルディナント・ポルシェにより1931年に設立された。設立当初は、自動車開発業務の受託とコンサルティング業務が主であり、自動車そのものを製造することはなかった。第二次世界大戦中には重戦車の設計にも関与している。
ところで、ポルシェロゴの由来には3つの説がある。アメリカ人側の主張によると、1951年にニューヨークのレストランで、フェルディナント・ポルシェの息子のフェリーとアメリカのポルシェ輸入販売業者であるマックス・ホフマンが食事している最中に、フェリーがナプキンに描いたロゴが元になったとのこと。そのデザインをフェリーがドイツに持ち帰った後、自社のロゴとして仕上げたと言われている。一方で、ドイツ人側の主張によると、ポルシェのロゴは、1937年にフォルクスワーゲンのロゴをデザインしたフランツ・クサヴァー・レインピーズによってデザインされたとのこと。第三の説として、両方の主張が正しい可能性もあり、フェリーがアメリカから持ち帰ったデザインをフランツ・クサヴァー・レインピーズが仕上げたという可能性もある。いずれにせよ、1952年末、ポルシェ356 スピードスターのステアリング上に最初のポルシェのロゴが採用され、1954年11月にはボンネットハンドルの上にもロゴが採用された。

マイバッハ


MAYBACH

マイバッハエンブレム










マイバッハのエンブレム・ロゴは、会社名「Maybach-Motorenbau (マイバッハ・モトーレンバウ)」の頭文字に由来する。Motorenbauは日本語ではエンジン構造という意味。ロゴの角ばったMの文字がアドルフ・ヒトラーの卍(ハーケンクロイツ)を彷彿とさせるという意見もある。

マイバッハ・モトーレンバウは、1909年にヴィルヘルム・マイバッハとその息子によって設立された。同社は元はルフトシッフ・ツェッペリンの子会社であり、1912年までルフトファールツォイク・モトーレンバウの社名で知られていた。ヤークトパンサー、パンサー、タイガー等の戦車に搭載されるHL230型エンジンやその他に自走砲用のエンジンを製造することで、第二次世界大戦におけるドイツ帝国に貢献した。また、ツェッペリン型飛行船のエンジンも製造していた。
1960年にマイバッハはダイムラー・ベンツに買収され、その後の37年間は鳴りを潜めていたが、 1997年にメルセデス・ベンツによって復活し、コンセプトカー「メルセデス・ベンツ・マイバッハ」が発表された。その後、2002年にマイバッハが再び高級車ブランドとして復活した。

メルセデスベンツ


Mercedes-Benz

メルセデスベンツエンブレム
メルセデスベンツエンブレム
メルセデスベンツエンブレム
メルセデスベンツエンブレム







メルセデスベンツのエンブレム・ロゴ「スリー・ポインテッド・スター」は、自動車以外の様々な交通機関に自社製造のエンジンが搭載されることを夢見て、3つの活躍の舞台「陸・海・空」を表現したもの。

ゴットリープ・ダイムラーがカール・ベンツと一緒に内燃エンジンを搭載した最初の自動車を発明したのが1886年。メルセデス・ベンツの歴史は、ゴットリープ・ダイムラーがDMG(ダイムラー・モトーレン・ゲゼルシャフト) を設立した1890年から始まる。一方、カール・ベンツは1883年にベンツ&シー・ライニッシェ・ガスモトーレン・ファブリーク (以下、ベンツ&シー)を創業した。ダイムラーが亡くなった後、DMGはチーフエンジニアのヴィルヘルム・マイバッハが引き継ぎ、1900年に最初の車が開発されたが、不幸なことにドイツで戦争が始まったため、殆どのドイツ国民は燃料を買う余裕すらなかった。1902年にはメルセデスが商標登録された。メルセデスは、ダイムラーから車両を購入して販売しようとしたオーストリア・ハンガリー帝国の領事兼実業家のエミール・イェリネックの娘の名前に由来する。
1909年には最初のスリー・ポインテッド・スターが商標登録された。このロゴはダイムラーが妻に送った1872年の絵葉書が由来となっている。この絵葉書に描かれたスリー・ポインテッド・スターはドイツでの彼の家の場所を示しており、いつの日か星が彼の工場を照らして繁栄をもたらすという願いが込められていた。その後の1926年にDMGとベンツ&シーが合併した際に、ダイムラーのスリー・ポインテッド・スターと1909年からベンツで使われていた月桂樹の花輪を組み合わせたロゴが誕生した。

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